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焼畑

椎葉村は、他の地方と違って、四方を山で囲まれ、狩猟とヒエやソバが主食で、その大部分は焼畑農業であった。

「日向国臼杵郡椎葉山村々様子大概書」によると、延享3年(1746年)椎葉の耕地が田2反歩余、畑49町6反歩に対して焼畑耕作は、492町2反歩余だったという記録があるほどだから焼畑農業がそのほとんどであったことが分かる。

焼畑のことをこの地方では「コバ」といい、コバをつくることを「コバキリ」または「ヤボヒラキ」ともいった。8月上旬、天気の良い乾燥した日を選び、無事に火入れがすむよう山の神に御神酒を上げて、「火入れの唱え言」を口にします。厳かな火入れの儀式です。火入れをして、ヤボをすべて焼き払った後、まだ地面が燻っているところにソバの種をまく。ソバは、種まきから収穫までの期間が短く、75日目の晩飯に間に合うというくらい。

こうして1年目がソバ、2年目からはヒエかアワ、3年目が小豆、4年目が大豆といった具合に輪作される。そして、4年間栽培すると再び20年ほど放置され、地力の回復を待つ。作障害をなくし、肥料も農薬もまったく使わない焼畑農業。農耕文化の原点がここにあります。自然に対する恐れや、敬いの心も力強く息づいています。

いまや日本広しといえども、焼畑の光景を目にできるのは椎葉だけ。なかでも原始農法としての焼畑の火を守り続けているのは椎葉勝さんただ1人です。

火入れの唱え言
このヤボに火を入れ申す
ヘビ、ワクドウ(蛙)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ
山の神様、火の神様、お地蔵様、どうぞ火の余らぬよう
また、焼き残りのないよう、お守りやってたもうれ